レポート

瀬戸内スタディツアー2024 実施報告「島とアートを巡る冒険の3日間」

~循環型社会を体験する旅 犬島編~

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  • 2025.01.25

瀬戸内スタディツアーは、瀬戸内の島々を中高校生が巡る3日間。瀬戸内国際芸術祭サポーターの「こえび隊」が犬島・直島・豊島をナビゲート。学校も年齢も違う子どもたちがチームになり、島を歩きアートに触れる。今年度のツアーは、子どもたち一人一人の感性に委ね、既知のゴールは設定しない。夏の暑い日、船に乗り島に渡る。仲間ができ、アートに向かう。「島」と「アート」が子どもの心にどんなものを創造させたのか。(取材・レポート 松原龍之)

瀬戸内スタディツアー 1日目 犬島~2024年7月29日~

旅の始まりに~犬島を知る~

僕らには旅に出る理由がある。この日は特別暑かった。朝8時50分。集合場所に緊張した顔が集まってくる。電車でやってきた人、友達と一緒に来た人、車で親に送ってもらう人、総勢14名の中高生。気温はすでに30度を超え、熱中症アラートが発表されていた。こんなに空が青い日に、まだ大空を見上げる余裕はないけど、何かが始まる予感だけは感じていた。

「瀬戸内スタディツアー」(以下ツアー)は、瀬戸内海の島に渡り、アートに触れる旅。今年は、何を感じ、何を学ぶかは、参加する中高生に委ね、「島」と「アート」に思う存分に感じ、想定外で予測不可能な学びを提供する。さて、僕たちは何を感じ、何を学ぶのだろうか。

宇野港からチャーター便に乗り、東へ東へ向かう。フェリーとは違い波を体で感じる。大きな船の過ぎた後は、波に船が踊る。ぐんぐん波を砕きながら、前進していく。海の上から陸を見る。いつもいる場所を外から見ているようで新鮮な気持ちになる。よく考えてみれば、日本は島国だから、陸と言っても島なのだ。児島湾を通り過ぎ、大きな島、小豆島が見えてきた。製錬所の煙突が特徴的な犬島が見えてきた。

ツアー最初の島は、犬島。瀬戸内海に浮かぶ島はたくさんある。外周が100メートル以上のもので700個以上あるらしいのだが、犬島は、岡山市唯一の有人島。岡山市東区だけど、島に渡ればそんなことは気にならない。明治の頃、ここは石が採れる島だった。大阪城や岡山城、閑谷学校に後楽園と多くの場所で使われている。4000人もの人が島にはいたという。

明治の終わりに、倉敷市帯江にあった銅の製錬所を移設したが、10年ほどで操業休止。2008年には製錬所跡を使った犬島アートプロジェクト「精錬所」として生まれ変わり、2010年の瀬戸内国際芸術祭の会場の一つとなった。何万人もの人が訪れる島になったが、住んでいる人は30人足らず。島の歴史を知り、未来を考えると島の運命はどうなってしまうのかと思いを巡らせる。

ツアーには心強いナビゲーターが一緒だ。3年に1度開催される瀬戸内国際芸術祭(以下芸術祭)のボランティアサポーターの「こえび隊」の甘利彩子さん、大林めぐみさん、石川裕介さん。こえび隊は芸術祭の時以外もずっと活動している。アーティストの作品制作のお手伝いや作品のメンテナンス、島のお祭りなどのお手伝い、島やアート作品の案内をしている。犬島を一緒に歩き、たくさん教えてくれた。

僕らは3つのチームに分かれた。1チームは4人ぐらい。一緒に来た友人と一緒になった人もいたし、誰も知らないチームになった人もいた。船の中では自己紹介をした。どこからきたのか、犬島ははじめてか、どんなことの興味があるのか。船の中はエンジン音で声は半分くらいしか聞こえないし、そもそも自己紹介ではなかなか仲良くなれない。

「犬島」って名前がかわいい。なんで「犬島」なんだろう?犬の形をしている?犬がたくさん住んでいる?そういう訳でもなさそうだ。一説には、菅原道真が太宰府に流される途中、犬島のあたりを通りかかった。船は嵐の中で彷徨っていたところ、道真が以前飼っていた愛犬の鳴き声が聞こえ、その声を頼りにたどり着いたのがこの島だった。隣の「犬ノ島」にはこの犬が石になって祀られている天満宮があり、最近まで犬石祭も行われていたとか。

犬って忠誠心が強いとも言うし、桃太郎の家来にも出てくるので、本当かどうかはわからないけど、犬島のことが詳しくなったようでうれしい。どんな島が待っているのか楽しみだ。

冒険が始まる~島を自分の足で歩け~

いよいよ、犬島に上陸。桟橋を渡り、犬島チケットセンターへ。島の地図が壁に貼られている。現在地は、ここ。ここから犬島精錬所美術館に向かう。犬島は1周が3.6キロ。1時間もあれば1周歩いて回れる。歩いて回れると言われ、指差しながら地図を見ると、島の大きさがなんとなくわかるような気がした。

外へ出れば暑さがまた襲ってくる。鮮やかな緑の芝を歩けば、海沿いには犬島で採れた白地にオレンジがかった犬島みかげの石柱が連なる。石柱の塀は、まるで何者からか島を守る城壁だ。振り返れば、先ほどより大きくなった煙突。館へ向けて歩けば、鉄柵に辿り着く。錆びた看板に錆びた柵は、僕たちは用意されたツアーではなく、冒険なのではないかと気付き始める。

扉を開けて1人ずつ踏み入る。場内は、カラミレンガの壁が無数に現れる。御影石とは違い黒くて重い。太陽の強い光がなお一層コントラストを強くする。カラミレンガとは、銅を製錬した時に出てくる鉄とケイ素などの不純物をレンガ状に固めたもの。通常のレンガより数倍の重さがあり、熱を帯びて熱い。背丈より高く積まれたレンガの壁は、製錬所が稼働していた頃の姿なのかもしれないが、遺跡のようでもあった。どこか寄せ付けない強さがあった。

犬島精錬所美術館。御影の石積みを切り取ったスクエア型のエントランスに辿り着く。内と外とのギャップが大きく、中の様子がわからない。ここからは撮影禁止。何かが始まる予感を感じ、緊張感が走る。

内に入れば、強烈だった日差しを逃れた安堵を感じつつ、歩みを進める。目が慣れるまでは、ほぼ真っ暗。風は東からやってくる。目には見えないが、駆け抜ける何者かが走り抜けていく。音がする。時々、背中を押される。向こうに見えるのは光。風にそそのかされたのか、みんなの足が速くなる。好奇心と恐怖心とが入り混じる。

半円柱の空間に辿り着く。ここが何と言われると言語化できない。これまで来たことがない場所。中央に鎮座する巨大な御影石。どうやって運んだのか、それとも古代からずっとここにいたのか、理由がわからないもののオンパレードが始まる。石の上には、水が張られ、写し鏡になっている。円柱空間は水の中で円となる。宙に浮かぶ窓や戸棚。なんの意味があるのか。外にも宙に浮かぶ扉や障子。いつもの美術館とは、作品が並び、小さな解説が付いていて、どういう意味なのかを教えてくれる。ここは美術館なのか。意味があるからアートなのか、意味がなくてもアートなのか。

三島由紀夫を知っているか。小説家であることは知っているが、作家以上の存在であったことも知っている。何かと闘い、自決した人。扉を閉めると急に体感が変わる。文字通り、空気が変わる。およそ6畳の鏡の部屋。どちらが前でどちらが後かはわからない。真っ赤な文字が投影される。興味がないわけではないが、安易に触ると僕も血を見るのではないかという怖さがある。白いTシャツに映り込むテキストは、言語を通して思想を占拠されてしまうのではないかという呪いを感じ凝視できない。

ここは危険だ、外へ出よう。あんなに暑くて涼しいところを探していた僕らは、また灼熱に舞い戻った。

美術館の屋上部分に出てきた。暗闇の中の光、言語化できない空間のカラクリがわかる。中にいた時は、それ自体を疑問に思い、不安に思っていた。その時空とは違う次元の空間が存在していることに面白さを感じた。さっきは分からなかった潮の流れがわかる。目線が変わると見えることが違う。これも同じことなのか。

犬島はアートの島なのか~日常とアートの逆転~

チケットセンターに戻り、鯛めしを食べる。日常になる。食べるという行為は人を無防備にする。さっきまでの緊張感を共にした仲間は、鯛を口にしながら、言葉にしがたい経験をなんとなく体感で共有していた。

この島は、アートの島。通りかかる公園には、ブランコや滑り台ではなく、大きな花がある。島に生息するひめきんぎょそうやたんぽぽがモチーフとなった、大宮エリーさんが作った作品であり遊具だ。海辺の道路を歩けば、チョークで描かれたラクガキのような絵が目を惹く。日常にアートがあり、アートが日常になっている。

島には住んでいる人もいる。だから家がある。家のいくつかもアートが住んでいる。最初に来たのはF邸。白いモコモコとしたオブジェ。ロケットの噴射した煙なのか、何かの生き物なのか。僕らはちょっとわかってきた。これに答えはない。どう見えたか。どう思ったかだけだ。でもここだけはゆずれない。まっすぐに伸びたこの部分は全ての始まりなのだ。

C邸の大きな植物に出会い、人間が支配しているこの世界が、スケールも変わりルールが変わったら、どうなってしまうのかというファンタジーに引きずり込まれる。I邸では、鏡を何枚も合わせることで自分の後ろ姿が見えてしまう。1枚の鏡の前で素早く振り向けば、自分の後ろ頭が見えるのではないかと一生懸命になった幼き頃を思い出した。時空を越えるワープって現象はこういうことなのか?

熱中している間に奪われた水分を補給して、「犬島 くらしの植物園」に向かう。途中、犬島の番犬に出会う。犬島で出会った最初で最後の犬。5メートルを越える犬でもかわいいと思うのはその愛らしい風貌なのか、犬はスケールに関係なくかわいい存在なのか。思わず写真を撮ってしまう。

くらしの植物園では、草花を摘んでハーブティーをいただく予定だったが、この日の暑さが以上であったがゆえ、出迎えてくれるはずだった人が熱中症となり、ハーブティーは中止。3チームが続々とここに集結してきた。頭からタオルを被り暑さに耐える男の子、ハンディファンを手放せない女の子。赤や黄色、紫、オレンジ、色とりどりの花の写真を撮ってみたり、鶏を追いかけてみたり。誰かが葉をちぎって嗅いでみると、また別の人が別の葉をちぎり嗅いでみる。正解などない。発動した気持ちに素直に行動する。後から誰かがついてくる。くらしの植物園では何かを準備された時間ではなかったが、個性が際立つ時間だった。

桟橋近くにある犬島コミュニティハウスまで帰ってきた。1日を振り返ってみる。虫や魚、鳥、僕には気付かなかった生き物に気付いた友がいた。スケッチブックに文字じゃなく絵で描き止めた友がいた。島時間がずっと異世界のようだったと表現した友もいた。エアコンが少し効いてきた頃、暑さに耐えてきた身体は悲鳴を上げ、薄暗い室内は睡魔を連れてきた。船が来るまでの間、小休憩。

僕らが旅に出る理由はいくつかある。帰りの船で今日知り合ったばかりの友と、肩を組んで写真を撮る。今日は楽しかったねとは言わないけど、僕らは冒険をしてきた仲間になった。