#025 村上尚徳さん
IPU・環太平洋大学 副学長(教育)
造形的な見方・考え方ができる
豊かな子どもを育てたい……
小・中学校の教科書は4年に一度、改訂があり、学習指導要領の改定時には、大改訂があります。小学校は2020年に、中学校は2021年に大改訂が行われます。学校教育も大きく変わるのではないでしょうか。中学校新学習指導要領改訂にも携わられた村上尚徳氏に、美術教育の最新動向と今後の展開についてお話を伺いました。(聞き手:松浦俊明理事長)
何が身につくか説明しづらく
減らされてきた美術や音楽の時間
松浦 村上先生のご専門を教えてください。
村上 専門は学校美術教育。岡山大学卒業後、岡山市内で中学校の美術の教員をしていました。そのあと県の教育委員会で指導主事という、美術教育を先生たちに語らないといけない立場になって、そこから本格的に美術教育を勉強し始めました。40歳の時に文科省に入り、教科調査官という立場で中学校、高校の美術の指導のもとになる学習指導要領作成に携わりました。
他の教科ではなかなか教室に入れない子たちも、子どもたちに合った題材を設定してやると、一所懸命向き合ってくれます。自分はできるんだという気持ちにさせやすい教科です。しかし小学校の図工時間は、ちょっとずつ減ってきていて、現在1、2年生は週に2時間ありますが、3年生以上は2時間ありません。
松浦 中学校はどうですか。
村上 中学校も1年生だけが週に1.3時間ぐらいで、あと2・3年生は週に1時間しか美術の時間はありません。その背景には、子どもたちの学力低下の問題があって、理科や数学、あるいは読解力の学力を強化していかないといけない。ですから、美術や音楽がちょっとずつ減らされてきたという経緯があります。美術や音楽は、これだけ時間を増やしたから、何が目に見えて育つのかとか、何が身につくのかというのが、なかなか説明しづらいので、減らされてきたんだと思います。
松浦 美術教育を考えるときに、子どもたちのどういったところが育ってほしいですか。
村上 まずは発想・構想の能力。自分でアイディアを生み出して、自分で考えていく力。「お母さんの顔を描きましょう」だと、お母さんの顔を描くだけなので、あまり発想のしようがない。でも、「お母さんの自慢するところ」「お母さんとの楽しい思い出」にすると、みんなそれぞれ違う場面を描きますから、その子の発想の場面が出てきます。
例えば、粘土で手をつくる授業では、ショパンのピアノの曲を聴かせて、流れている曲を弾いているショパンの手をイメージしましょうと。ある子は力強いメロディーに注目してゴツゴツした力強い手をつくり、ある子は柔らかいメロディーに注目して柔らかいしなやかな手をつくる。リアルにつくる子はリアルにつくる。そうすると、リアルにつくった子もすごいけど、○○ちゃんは力強い手をつくったけどこんなにすごい力強さが出ているというように、その子の感性とか発想力が認められるような授業になっていくんですね。
上手く描けた子が上手で、そうでない子は下手となると、自分はやはり美術や図工は得意じゃないなとか、苦手だなと思ってしまいます。そういう価値観が育っていったというところに、一つ課題があるのかなと。
知識や技能だけでなく
思考力、判断力、表現力を
松浦 そういうふうに変わってきていますか。
村上 2002年から目標に到達したかどうかということをしっかり見ていきましょうという評価に変わっていきました。その時の観点が4つ。1つは関心・意欲・態度。その子はその教科の学びに対して関心や意欲、それから積極的に取り組もうとする態度が見られるかどうか。あまりできてないんだけれど、学ぼうとする気持ちが強ければ、さきざき伸びていく可能性が高いです。関心・意欲・態度を見ましょうと。
美術の場合、2つ目は発想・構想の能力。先ほど言いましたが、自分でアイディアを生み出して、自分で考えていく力。発想・構想が評価に入っているということは、授業の中にそういう発想・構想をさせる要素を盛り込ませないといけないので、「お母さんの顔を描きましょう」では、あまり発想・構想をみることができません。「お母さんとやった○○のことを描きましょう」というと、その子その子でいろんな発想が見られる。
3つ目が技能。いわゆる創造的に工夫する技能です。
4つ目が鑑賞の能力。作品を見た時に、感じ取ったり考えたりする力です。それが2002年からの学習指導要領で本格的に始まって、今はそれがどんどん改善されてきています。
小学校は2020年、中学校は2021年から新しい学習指導要領になり、教育内容が変わりますが、そこでは学びに向かう力と思考力、判断力、表現力。それと知識及び技能というふうに学習の目標が3つに分かれ、評価もその観点で行われます。
知識や技能だけじゃなくて、思考力、判断力、表現力という、図工でいうと、発想・構想とか、鑑賞して作品を見て考える力をしっかり育てましょうということが重視されてきています。
松浦 発想やクリエイティビティを評価することは難しそうですね。
村上 難しいですね。ただ以前、中学生が描いた、同じテーマ、同じ題材のいろんな絵を岡山県の中学校美術の先生70人ぐらいに発想・構想の評価をしていただきましたが、8割ぐらいの先生の評価は一致していました。さらに話し合いをすることによって、一致率が上がりました。その時に大事なのは、生徒にコメントを書かせるということです。絵を見ただけではよくわからないけど、その子の思いを言葉で補ってあげると、多くの人が理解してくれて、これもすごいなと絵の良さがわかります。
松浦 リアルに描くということは、これからはあまり要求されなくなる、評価されなくなるということでしょうか。
村上 例えば、「自画像を描きましょう」と自分の顔をリアルに描かせるようにすると、やはり上手い下手がはっきりしてきます。特に中学生ぐらいだと、水彩絵の具の塗り方が下手だったら、いくらいい発想があっても、絵にそれは反映されにくいです。
これは愛媛県の中学2年生の作品です。(写真1) 自分の気持ちをしっかり表現しようということで「時間に追われている自分」を描いています。この子は、色の塗り方だけ見ると、そんなに上手い子ではないですが、段ボールを使って表現しています。題材を柔軟に設定することによって、この子の発想というのがすごく活かされています。もちろん、リアルに描く子もいますが、それはそれでまた、一つの表現として、認めてあげることができます。
松浦 成長したときにどんな変化が期待されますか。
村上 子どもが育っていく中で、確かに美術教育というのも一つの要素ですが、それ以外にも様々な要素があるので、検証することは難しいです。ただ、日本のアニメなどサブカルチャー的なものが世界的に認められていたり、どんな小さな町に行っても、それなりに洗練された建物やデザインされたものがあったりする背景を考えると、全員に必修教科として図工や美術教育をやってきた――そういう土壌がある成果だと思います。
数学、理科とは違った
クリエイティブな面を育てる教科
松浦 センター試験がマークシートから記述式に変わることも「表現」というところにつながっているのでしょうか。
村上 自分で考えて表現するということが、これからの教育の中で重視されているということです。今までだったらこういう学びをしていって、こういう職業に就いて、10年後20年後30年後、こうなるというのが、何となく読めていた時代ですが、グローバル化が進んでくる中で、IT(Information Technology)やAI(Artificial Intelligence)などいろんなものが出て来て、10年先、20年先が見えないようになってきています。そうした中で、他者と対話をしながら、自分の考えをしっかり持って、問題解決していく力が必要だと思います。そういう中で美術というのは、絵の具であったり粘土であったり、モノを使って考えていくことができます。ただ単に頭の中の記号の組み合わせではなくて、眼で見ながら手で触りながら、モノを考えていく、そういう面では数学とか理科とは違ったクリエイティブな面を育てる教科だと思います。
松浦 小学校で身につけておいてほしい土台などはありますか。
村上 造形遊び的な活動で材料感覚をしっかり豊かにしておくこと。幼児は、砂場で山をつくって固めてトンネルを掘ったら穴が開くということが新鮮で夢中になります。粘土を持って指でぐっと押さえたら、指の型がつくというのが新鮮なんです。そういうふうにしながら、粘土というのは何だろうと、確認作業をしています。幼児から小学校の低学年くらいまでは特に確認作業が本能的に子どものなかで起こっていて、それが一つの重要な造形活動のきっかけになっています。
初めて絵の具を使わせる時には、絵を描かせるのではなくて、絵の具遊びをしましょうということです。水を混ぜたらどうなるのか、この色とこの色を混ぜたらこんな色になるというのを、遊びの中で感覚的に経験させて、それをある程度、満足させた後で、じゃあ今度は絵を描きましょうと。
材料体験を豊かにしておくと、これはこんなところに使える、あんなところに使えると引き出しが増え、一つの材料を使ってもいろんな発想が生まれてきます。
松浦 それから表現をするというところに持っていく。
村上 つなげていくことが大事。先生が指示した通りやって、できた子が上手い、できなかった子が下手となると、上手い下手だけになっていって、だんだんと年齢が上がっていくと、目が肥えてくるので自分は下手なんだというふうな美術教育になってしまいますね。
幼児のころから見て、触って
モノを確かめていくのがたいせつ
松浦 幼児のうちに五感をつかって身の回りの世界を確認することが大切なのですね。
村上 例えば、ホテルのロビーなどで高級感を感じる場合、確かに色や形もあるけれども、そこで使われている素材からの影響がすごく大きく、重厚な木が壁に使われているとか、柔らかいカーペットがひかれているとか、そういう感覚がありますよね。その質感というのは、本来は手で触って感じるものだけれど、眼で見て質感が感じられますよね。部屋が全部鉄板だったら、寒い感じがしますし、白木の壁だったら暖かい感じがします。それは小さい頃から目で見ながらモノを触った感覚が、その人の中にしみついていて、何か見た時に蘇って、暖かい感じだとか、冷たい感じだとかが感じられる。
最近の子どもたちは、外で泥んこ遊びなどをしなくなっています。視覚から触角を感じる力が、幼児の頃にもっともっと付けておかないといけないものが、弱くなってくる可能性があるわけです。そういう意味でも幼児期の造形教育がすごく大事だと思います。
これ以上やったら割れてしまうとか、その微妙な手で触りながらわかる感覚です。竹ひごを曲げたり、針金を曲げたり、小さい頃に体験しないと、この素材はここまできたら折れるという感覚は養われません。幼児のうちに目で見て手で触って、モノを確かめていくのが大切です。吸収ができる年代です。その頃にからだ中、泥だらけになって遊ばせることが大切だと思います。
松浦 美術教育で大事にされていることは何ですか。
村上 新しい学習指導要領では、生活の中の美術や美術文化と豊かに関われるということを言っています。生活の中で関われるというのは、例えば将来、画家や彫刻家、デザイナーになるという子はそんなにいないですよね。では、学んだことが将来の生活にどう活かされるのか……朝、目を開けて夜寝るまで、目の前は造形だらけです。花を見ても何も感じない子もいるし、きれいだなと感じる子もいます。きれいだなと感じる子は、モノを見る枠組みが自分の中にあるんだと思います。何気ない、空の雲を見ても、動物の形に見えるとか、パッと見立てを思いつく子もいれば、何も思わない子もいる。幼児期から中学校ぐらいまでの間に見たり描いたりつくったりするいろんな造形体験を豊かにする。そうした活動の中で見立てるという造形体験、あるいは光と陰でモノを見るとか、いろんな視点でモノを捉える体験を重ねていくことによって、造形を見る視点が豊かになっていきます。
造形を見る視点が豊かになっていくと、モノを見た時に自分のアンテナが豊かに働き、いろんなことに気付いたり感じたりできるんだけれど、そうじゃなかったら通り過ぎてしまいますよね。
普段の生活の中でちょっと壁紙を変えたら、自分の気持ちが明るくなるとか、食器を揃えたら何となく楽しくなるとか、生活の中の美術や美術文化に関わりながら心豊かな生活をしていきましょうと、そういうふうな子どもを育てる教育に重点を置いています。造形的な視点を豊かに持たせることによって、感じ取る力が豊かになって、感性が育っていく。ただ単に美術は感性を育てると言われても、じゃあどうやって育てるんですか、何で育つんですか?みたいになってくるので、造形的な視点を豊かに持たせることによって、いろんな視点で感じ取れるようになっていって、それが感性の育成につながっていくんですよという構造に美術教育はなっています。
身の回りのもの全てが
教材になる
松浦 アートだけではなくて、自然からもということでしょうか。
村上 作品だから特別ではなくて、目に見える造形、いろんなものからいろいろ感じ取る視点を持つことが大事です。そういうところから理科的なことや数学的なことなどにも発展していくんですね。
松浦 普段は気に留めていない身の回りのものが全て教材となりうるということですね。家庭や学校でも周りのものをしっかりと意識させるようにしてあげれば、いろいろなことに興味を持つ子供たちが増えそうですね。
村上 これからは、見方・考え方が重視されます。例えば殿様バッタを見た時に、昆虫類で足が6本あって、こういうふうに羽がついてという体のつくりや、何を食べてどんなところにいるかという生態などで捉え考えるというのが理科的な見方・考え方。これが図工や美術の造形的な見方・考え方だったら、殿様バッタの顔を見て仮面ライダーを思い付くとかになります。一つのものを見た時に、理科的に見るか美術的に見るか、あるいは社会科的に見るのか。いろんな視点から見られる子どもたちを育てるというのがこれからの学校教育です。美術教育もただ単に絵を上手に描かせるだけではなくて、造形的な見方・考え方ができる豊かな子どもを育てるのが大事です。でもそれは幼児期の体験がとても大切になってきます。
松浦 貴重なお話しをありがとうございました。
(2019.4.16)