La Toilette
化粧
国吉や作品にまつわるコラムをA to Z形式で更新します。
女性が椅子に座り、片手をあげて耳元の髪に当てている。もう片方の手は下半身を中途半端に覆う布をたくし上げている。微笑んだ顔の視線は斜め上を向いている。赤いスリップを着ているが、片方の肩ひもは肩からずり落ちている。胸元から上は露出されているのに、足には黒いタイツを履き、さらには、これも片方だけだが、女性らしい華奢な靴をつっかけている。豊満でセクシーさに満ちた、それでいて愛嬌のある、優しい感じの人だ。私たちは、この女性を隅々まで見て、その魅力を味わう。
彼女は何をしているのだろうか?「何かをしている」というには不自然で、どうみても「画家のためにポーズをとっている」という感じだ。この女性も「絵描きがこうやれっていうからやってるのよね」とでも言い出しそうな表情である。
背後には植物の柄のあるカーテンがかかっていて、小さなテーブルにはブラシと、花が生けられた花瓶が置いてある。暖かな色合いともあいまって、彼女自身の雰囲気と同じような女性らしい空間である。
この絵のように、空想ではなく目の前にあるものを描くということは、国吉にとっては画期的なことだった。これ以前国吉は、心の中でふくらませ、組み合わせたイメージを描くことが多かった。しかし、1925年代に訪れたパリで多くの画家たちがモデルを写生しているところを見て、また友人であるパスキン(注1)に勧められ、モデルを前にして描くようになった。この作品は、そのような変化の時期に描かれたものである。
この作品は、福武コレクションがはじまったきっかけでもある。福武書店の創業社長 福武哲彦が最初に見た国吉作品であり、この作品に惹かれたことから国吉作品の収集が始められたと言われている。
「福武書店30年史」(1985年)では、福武哲彦氏は国吉作品の「感傷的な味わいのある叙情」や「哀愁をただよわせた画風」に魅了された、とされているが、この絵を見ていると、福武氏は、まずはこの作品に描かれた彼女の魅力、まさにその力の強さに引き寄せられたのではないだろうか……と思わせられる。
注1:
ジュール・パスキン(1885-1930)
ブルガリア出身の画家。1920年代のパリで活躍した。このころパリではピカソやシャガール、フジタをはじめ、各地から多くの芸術家が集い、ボヘミアン的な生活の中でそれぞれの芸術を模索していた。パスキンは繊細で震えるような輪郭線と、淡く、真珠のような輝きを放つ柔らかな色合いで女性や子どもを描き、人気を博した。パスキンは1910年代にニューヨークでも活動しており、国吉康雄と親交があった。
更新日:2017.06.15
執筆者:江原久美子