助成先を訪ね歩く(取材日:2024年9月12日)

⼦どもたちにとって多様な「機会」と「選択肢」があるまちに

NPO法人f.saloon

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  • 2024.11.18

助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。備前市を拠点に活動するNPO法人f.saloon(エフサルーン)代表執行役の守谷克文(もりや かつふみ)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/大島 爽)

岡山県備前市

備前市は、兵庫県に隣接した岡山県南東部にあり、瀬戸内海と小高い山々に囲まれた豊かな自然と温暖な気候で、災害の少なさに恵まれた地域です。取材で訪れた伊部(いんべ)地区は、「日本六古窯」の中で最も古い焼き物「備前焼」の代表的な産地として知られており、作家の窯元や陶芸店も多くあります。

備前市では人口減少を受け、積極的な移住支援を行っており、備前市公式イベントの開催や市のSNSを活用しながら、備前市の魅力の情報発信や地域活性化を図ってきました。さらに移住支援金や、子育て支援なども含めた移住促進の取り組みにより、近年では自然の中で遊べる場所や、子育て仲間とつながれる拠点が少しずつ増えてきています。

参考:備前市 備前ライフ
参考:備前焼とは(岡山観光WEB)

NPO法人f.saloon

NPO法人f.saloonは、2017年に設立され、備前市を拠点に活動しています。「地域の子どもたちに無限の選択肢を」をテーマに、主に就学期以降の子どもや若者を対象に支援をしている団体です。

設立当初はおもにプログラミング教室や国際交流など、学校の外で子どもたちが体験できるイベントやワークショップを開催していました。地域の自然資源、人材を生かしたプログラムを意識的に取り入れ、これまでに計150回、のべ2500人以上の子どもたちが参加しました。

写真提供:NPO法人f.saloon

2019年、NPO法人だっぴとの出会いをきっかけに、同団体が実施する「中高生だっぴ※」を、地元有志がスタッフとなり「備前市だっぴ」として、開催しました。その後、より多くの子どもたちにこの機会を提供するためにも、キャリア教育の一環として学校のカリキュラムに組み込んでもらうよう働きかけました。現在は備前市の5つの中学校すべてと1つの高校で、全員が「備前市だっぴ」を体験できるようになっています。

2020年には放課後児童クラブを開設しました。地域特有の事情として、家と学校の距離がある、遊ぶ場所がない、でも親は共働きが多く、子どもが安心して過ごせる場所の確保が必要でした。現在は備前市の委託事業として「ころぼっくる」「つくし」「かぜのこ」の3施設を運営しています。

さらに、2021年には「備前市だっぴ」から派生したユースワーク※事業として、「放課後スペースINBase」をオープンしました。中高生が多様な大人と出会い、その関わり合いの中でさまざまな体験ができる場所が、日常的にあることが大切だという考えからです。2022年には高校生主催による音楽祭を開催し、地域でやりたいことにチャレンジできる場としても機能するようになりました。

設立以来、多方面と連携しながら子どもたちをサポートする活動を展開するとともに、地域の子どもたちが集える居場所づくりにも力を入れています。

※参考:中学生・高校生だっぴ(NPO法人だっぴ)
※ユースワーク:若者や、若者と関わる大人やコミュニティ、社会システムと協力して、若者の成長・自立を支援する取り組みや活動。

就学期以降も多様な「機会」を提供し、未来の「選択肢」へつなげる

―NPO法人f.saloonを設立した目的を教えてください。

守谷(敬称略):大阪市出身ですが、もともと田舎に行きたくて、大学院時代に「地域おこし協力隊」を知ったことに遡ります。大学で教育社会学を学び、ちょうど教育実習に行っていた頃なのですが、教育分野で探してみると備前市がヒットしました。備前市の自然豊かな環境に魅かれたのもありますが、備前市に話を聞きに行った際、担当者からの「やってみたいことを自由にしてください」という言葉もあって、ここでチャレンジしてみようという気持ちになりました。

既に備前市には子どもをサポートする団体の活動がさかんだったのですが、調べてみるとそのほとんどは未就学児がおもな対象です。小学生以降になると、途端に子どもたちの交流の場が狭まると感じました。これから自分がここで何をするべきか考えた時、就学後から高校生の間にも、子どもたちを支えてくれる大人がいること。そして、そのつながりを通して、さまざまな未来の選択肢があることや、いろいろな体験から新しい発見や楽しさを見つけながら過ごしてほしいと考えました。

そんな思いから、子どもたちに多くの「機会」と「選択肢」を届けることをテーマにした団体設立に至りました。法人化を決めたのは、事業を継続していく上で枠組みとして必要だと感じたためです。

写真提供:NPO法人f.saloon

―活動を続けてきて、良かったことはなんでしょうか?

守谷:僕らと一緒にいた経験が、子どもたちの世界を広げ始めたことです。ユースワーク事業の「放課後スペースINBase(以下インベース)」で音楽祭を主催したのは、2022年当時高校生だった男の子でした。彼は「お祭りをやりたい」という夢を持っていましたが、ちょうど新型コロナウイルス感染症が流行していた時で、高校の文化祭が開催できない状況だったのです。そんな中、インベースに来て、自分たちで企画して音楽祭を実現でき、彼は夢を叶えたと話していました。

自分たちで資金集めのために地元の企業を回って協賛を集めたり、出演者へのオファーや調整を行ったり、チラシのデザインもデザイナーとやり取りしながら印刷まで手配しました。さらに、彼らが卒業した中学校にお願いして体育館を会場として借りるなどして、やり切れました。もちろん、途中で相談に乗ったり、どうしてもうまくいかない時にはサポートしましたが、“やりたいことを自分たちで一から実現できる”という、インベースの活動の集大成の一つであり、言わばモデルケースになったと思います。

やり切るのが一番難しい。一個壁にぶち当たった時、本当にやりたい理由がないとやめてしまうことが多いものです。彼は自分ごととして「自分の力でできたんだ」という達成感を味わい、やり切ることを体現できました。彼と出会った頃は、あまり社交的なタイプに感じませんでしたが、大学進学後も僕たちの活動に関わり続けています。さらに、僕たちを通じて知り合った飲食店でアルバイトしたり、企業のインターンに参加したりと、活動の幅が広がっているようです。僕らと一緒にいたことで世界が広がって、新しい世界に踏み出したり、出会った人たちと今一緒に何かをやっていたりというのは嬉しいですね。

―活動を続けてきた中で、新たな展開はありましたか。

守谷:新たな展開は大きく二つあります。

一つ目は、「多拠点化」と「時間帯を増やす」ための取り組みです。2023年に学校内にインベースのようなユースセンターを「校内カフェ※1」として設置しました。インベースが1カ所だけでは、地理的な制約でアクセスが難しい子どもたちもいるため、学校内に拠点を設置し、誰でも利用しやすくすることを目指しました。現在は、備前市立日生中学校と備前市立片上高等学校で実施しており、備前市立日生中学校では空いている教室を借りて、毎月第1・第3水曜日の昼休みと放課後にオープンしています。子どもたちは自由に出入りして、僕や他の団体、大学生らと交流ができる場です。自然な会話の流れからボランティア※2に誘って、活動に僕らも一緒に参加するなどしています。

ある時、ボランティアで絵本の読み聞かせに行かないかという話があり、最初は「恥ずかしい」と言って遠慮していた子が、スタッフと話しているうちに、最終的に行くことに決めました。そんな風にチャレンジする一歩を踏み出す支援にもなっています。

また、放課後だけではカバーできない子に対し、朝の子ども食堂「ななはち」を開設しました。放課後に忙しくて時間がない子や、保護者が朝早く出かける中高生を対象に、誰もがどこかの時間帯で誰かと関われるようにした取り組みです。

※1:商業的なカフェの運営ではなく、気軽に立ち寄れる居場所としての名称です。
※2:日生中学校の生徒全員がボランティア保険に入っているため、いつでも参加できます。

二つ目は、Webメディア「備前こども若者メディア」のスタートです。これは備前市内の⼦ども・若者向けに活動している団体(習い事や地域活動など)と、⼦ども・若者をつなぐことを目的としています。発信がちゃんとできていない主催者も多く、各地域に居場所や体験活動があるにもかかわらず、チラシがない、SNSも使っていないなど、検索してもヒットしないのが現状です。

保護者がコミュニティから情報を得ることもありますが、そのコミュニティに入れていないと、保護者も子どももアクセスできません。Webメディアなら、誰もがアクセスでき、居場所や体験活動、習い事などの情報が一目でわかるようになり、情報の格差を解消できると期待しています。主催者の情報発信の課題を解決し、必要な情報が必要なところへリーチできるプラットフォームとして機能し、役立ってほしいと願っています。

活用できる地域に縛りがなく、利用しやすかった

―当財団の助成金を申請したきっかけを教えてください。

守谷:既に備前市で活動されていたNPO法人備前プレーパークさんやNPO法人子ども達の環境を考える・ひこうせんさんなど周囲の団体が活用していたこともあり、自然な流れで申請に至ったと思います。そしてありがたいことに、2019年から2023年までの5年間、助成していただきました。

―当財団からの助成はどのようなことに活用されたのでしょうか。また助成を受けて、良かったことはありますか。

守谷:
体験学習を実施するための各種費用や、インベースでのイベント開催に伴うチラシ制作費などにも活用しました。良かったことは体験学習のプログラミング教室を、備前市外で開催できたことです。それまでは備前市とのタイアップだったので、市外での開催はできませんでした。福武教育文化振興財団さんからの助成金を受け、初めて備前市外の和気町※で開催できました。福武教育文化振興財団さんの助成金は、岡山県内であれば活用できる地域に縛りがないので利用しやすいと思います。
また、より多くの人に僕たちの活動を知ってもらうきっかけになったと感じています。インベースの活動についても、備前市以外から視察の申し込みや、話を聞かせてほしいという問い合わせが増えました。さらに、福武教育文化振興財団さんの機関紙『FUEKI(ふえき)』※にも私たちの記事を掲載していただいたので、そこから僕たちを知って連絡をくれた方もいたと思います。

※和気町:岡山県の東南部にあり、備前市や赤磐市に接する。
機関紙『FUEKI』:福武教育文化振興財団が年3回発行する機関紙。冊子のデータをWeb上で読むこともできます。

―今後の目標を教えてください。

守谷:
インベースを日常的に維持し、自立していくためにもインベース内に事業所をつくる予定です。人がいないとオープンできないので、まず必要なのは人が常駐できる状態をしっかりつくることです。その人件費を賄うための事業として、僕らの事業と親和性が高そうな相談支援事業所※の設立を検討することにしました。そこでは、子どもたちに関わるボランティアスタッフだけでなく、大人のコミュニティとも連携し、さまざまな人たちがサポートし合える地域の拠点としての機能を強化していきたいと思っています。

※相談支援事業所:障がいのある本人や保護者などの相談に対し、必要な情報を提供したり、福祉サービスの利用をサポートしたりします。

写真提供:NPO法人f.saloon

また、地域の大人と子どもが自然につながれる仕組みづくりも目標です。それぞれの地区や場所で、それぞれの大人たちが、その地域にいる子どもや若者と自然な関わりの中で、成長を見守ったり、サポートしたりしている状態が必要だと感じています。限られた場所だけの特別なイベントではなく、子どもの近くにいつでも信頼できる大人がいること。家族や先生ではない、“斜めの関係”でつながれる、親戚や近所の年上の人が一人でもいたら、その人から他の人につながり、なんらかの“機会や選択肢”が広がる可能性が十分にあります。

つながりが一時的なもので終わらない、しっかりとした仕組みづくりを、他団体や地域の人たちと連携・協力しながらやっていきたいと思います。

右:和田広子財団職員

おわりに

地域おこし協力隊に着任して翌年に、NPO法人を立ち上げる決断力の速さもさることながら、これまでの足跡のテンポの良さに脱帽です。冒頭お聞きした「もともと田舎に行きたくて…」からは想像できない展開に、どれだけの思考と構想があったのか、計り知れないと感じました。しっかりとしたビジョンがあるからこそ、取捨選択に迷いがなくスピーディーにトライし続けられるのでしょうか。これからの守谷さんのさらなる活動が、どのような形で地域に影響を与えていくのか、ますます楽しみです。

成果報告書も合わせてお読みください。
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2023_022.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2022_037.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2021_072.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2020_067.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2019_020.html

NPO法人f.saloon 
岡山県備前市伊部1611-1
問合せ先:
TEL 070-4432-3387
代表理事 藤村元
Moriya_ku@yahoo.co.jp 
https://fsaloon.com/