学校と地域が目標を共有し、同じ目線で子どもたちをサポートする
よりしま魅力化推進協議会
助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。浅口市で活動する、よりしま魅力推進協議会会長の笠原宏之(かさはら ひろし)さんと、浅口市立寄島小学校校長の田中圭子(たなか けいこ)さん、教員の洲本朋子(すもと ともこ)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/大島 爽)
浅口市寄島町
浅口市寄島町は岡山県南西部に位置し、2006年3月に鴨方町・金光町と合併して浅口市となりました。瀬戸内海に面しており、カキ養殖が盛んで毎年2月に開催される「よりしま海と魚の祭典※」は多くの来訪者で賑わいます。昔ながらの漁師町の風景が残り、狭い路地や山の斜面に沿った家並みが、どこか懐かしい雰囲気のある地域です。
参考:寄島で暮らしませんか
※「よりしま海と魚の祭典」:主催 よりしま海と魚の祭典実行委員会(寄島町漁業協同組合)
よりしま魅力化推進協議会
よりしま魅力化推進協議会は、浅口市寄島町の学校運営協議会(※1)として、2019年(令和元年)10月に設立されました。学校運営協議会は学校の運営方針に基づき、地域や保護者が子どもたちのために何ができるかを考える組織です。よりしま魅力化推進協議会が対象とするのは、浅口市立寄島中学校、浅口市立寄島小学校、浅口市立寄島こども園、浅口市立竜南保育園です。組織は「学びづくり部会」「心と体づくり部会」「絆づくり部会」の3つの部会で構成されており、それぞれのコンセプトに基づきながら、子どもたちの教育をより良くするための支援の計画をします。
そして、学校運営協議会が考えた計画を、地域が主体となり体験活動として実施する「よりしま地域学校協働本部」が、翌2020年に立ち上げられました。よりしま魅力化推進協議会と、よりしま地域学校協働本部の両者が連携・協働し合い、コミュニティ・スクール(※2)として、学校と地域が一つになって、子どもたちの成長を支援することを目指しています。
また、両者間で行われる「熟議(じゅくぎ)」というワークショップでは、その時々の学校の課題に応じて、学校・地域・保護者・子どもたちが一緒に話し合います。
その活動の中で生まれたのが、地域に開かれた教育課程の「よりしま学」です。寄島学園4校園での「生活科・総合的な学習の時間」を中心に、5歳児から15歳(中学3年生)までの10年間にわたり、地域の方々の知識や資源を生かした体験活動を、年間行事に組み込んで実施しています。例えば、農業体験として、地域の団体「くにとうの御船を守る会※」から場所を提供してもらっている「さつまいも堀り」もその一つです。また、寄島町の海をテーマにした場合、どの学年でどの教材を使い、どのような体験を提供するかを話し合い、子どもたちの成長に応じた系統的なカリキュラムを構築しています。
※くにとうの御船を守る会:浅口市寄島町国頭(くにとう)地区で、空き家対策、トレッキングコース整備、アジサイ畑、体験農園の運営など、地域づくりに取り組んでいる団体。
「熟議」と「よりしま学」によって、2つの組織が共に繋がり、子どもたちの学びをより豊かにするための取り組みが進められています。2022年度(令和4年度)にはその実績が評価され、「コミュニティ・スクールと地域学校協働活動の一体的推進」において、文部科学大臣表彰を受けました。
※1 学校運営協議会:学校と地域が連携してより良い教育環境を提供するための組織。地域住民、保護者、学校関係者が学校運営に対する意見交換や改善提案を行う。
※2 コミュニティ・スクール:学校運営協議会制度。この制度に基づいて設置される学校の呼称。
参考:コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)文部科学省
参考:学校と地域でつくる学びの未来(コミュニティ・スクール)文部科学省
参考:浅口市チームよりしまの学び・学校運営協議会と地域学校協働本部の関係図(2ファイル目)
地域の方々が「自分の役割」と捉え、学校のパートナーになってきた
―よりしま魅力化推進協議会を設立した目的を教えてください。
笠原(敬称略):2019年の設立当時は、文部科学省がコミュニティ・スクールを努力義務として導入を通達し始めた頃でした。学校と地域が一体となって子どもたちを支える体制づくりが一層求められるようになり、それが設立の目的となっています。私自身、長く寄島町の学校評価委員(※)をやらせてもらっていた縁もあり、寄島小学校の前任の校長先生から推薦を受け、会長をさせていただくことになりました。
田中(敬称略):それまで地域の方々は学校の“サポーター”として応援してくださっていましたが、よりしま魅力化推進協議会は、学校の“パートナー”として、地域の方々が学校と同じ目線で子どもたちと関わり合う体制です。
笠原:計画を立てるのは、よりしま魅力化推進協議会ですが、実際にアクションする役割として、よりしま地域学校協働本部を翌2020年に立ち上げました。これら2つの組織が連携することで、子どもたちを支える体制づくりが強化されています。
※学校評価委員:学校の運営や教育内容を評価する組織。保護者、地域住民、教育関係者などが参加し、学校の改善提案や意見交換を行う。
―2022年度(令和4年度)の「コミュニティ・スクールと地域学校協働活動の一体的推進」で、文部科学大臣表彰されていますが、どういったところが評価されたのでしょうか。
笠原:表彰に至ったのは、私たちの取り組みや活動を浅口市が推薦してくれたことがきっかけです。表彰式に参加して、他地域の取り組み事例を見ましたが、「学校運営協議会」のみでやっているところは多いけど、私たちのように「地域学校協働本部」との両輪で活動してうまく回っているところは少ないようです。岡山県内でも珍しいらしいのですが、評価していただけるほど自分たちがうまくやれているとは思っていませんでした。
―“両輪”がうまく回っている理由はなんでしょうか?
笠原:地域の方々をはじめ、関わっている「人」が良い。みんなが地域を愛し、その思いが組織の根底にあり、メンバーに恵まれていると思います。
また、それまでは地域の方々が気軽に学校に足を運べるとは言い難い状況でしたが、よりしま魅力化推進協議会ができたことによって、ハードルがぐっと下がったと感じます。組織の仲間として学校に来ることへの抵抗感がなくなり、色々な意見を交わし合えるようになりました。
洲本:さらに学校では、廊下の掲示板に地域の方の写真を貼って、子どもたちが顔なじみになれるようにしたり、活動においても地域の方が積極的に前に出られるような工夫をしたりしています。そして、やっている私たちは楽しんでいます。最初は手探りでしたが、色々な人と連携して活動するうちに、人との繋がりが楽しくなってきました。大人が楽しいと感じていることは、きっと子どもたちにも伝わっていて、同じように感じているのではないでしょうか。
また、よりしま地域学校協働本部の、地域をよく知るコーディネーター(※)さんのおかげで、地元の人材発掘がスムーズになったことも大きいと感じています。
※コーディネーター(地域学校協働活動推進員):学校運営協議会の計画を、地域活動へつなげる役割の人のこと。
参考:令和4年度「コミュニティ・スクールと地域学校協働活動の一体的推進」に係る文部科学大臣表彰
参考:令和4年度「コミュニティ・スクールと地域学校協働活動の一体的推進」に係る文部科学大臣表彰 被表彰取組一覧
―活動を続けてきて、良かったことはなんですか?
笠原:2020年(令和2年)から、よりしま魅力化推進協議会の活動に対するアンケートを毎年実施しているのですが、「地域のことが好き」「自分のことが好き」と言える子が増えてきました。アンケートは生徒・先生・保護者・地域の方がそれぞれの立場で評価し、子ども向けの設問では「寄島のことが自慢できる?」や「自分には良いところがある?」などもあります。「よりしま学」を学ぶことで、自分たちが地域の一員であることを実感し、地域との繋がりを感じられるようになったのではないでしょうか。また、その経験を通じて、自分たちで考えたり行動したりする力が養われ、自分の自信にもなったようです。
僕自身は子どもが好きで、子どもたちからエネルギーをもらえるので活動は本当に楽しいですね。最初の関わりは、自分自身の子どもが中学校の時にPTA役員になったことです。学校に出入りすることが多くなり、バレー部のコーチをしてみたり、学校関係者評価委員をさせていただいたり、そんな活動から現在に至ります。先生でも親でもなく、これからも地域の一人として見守り、関わりたいと思っています。
―これまでの活動の中で印象的なできごとはありますか?
田中:校長の立場として印象深く感じたことが3つあります。
1つは、よりしま魅力化推進協議会さんが、学校のサポーターからパートナーになってくださっていると実感したことです。私が着任した2021年(令和4年)、参加した寄島中学校の入学式でのことです。同席していた笠原さんが「一年生が、小学校で『よりしま学』を学んで活動したことが楽しかったから、中学校でも頑張りたいと言ってくれて、それが私はすごく嬉しかったんです」と、話してくれました。子どもたちが「頑張りたい」と言ってくれたことを、自分のことのように喜んでくださることが感慨深く、また心強さも感じました。
2つ目は、2021年(令和4年)の夏に小学生と中学生が主体となり活動する「よりしま!見つけ隊(※)」のキャンプを行う際、地域の方々が主導して、準備から実施まで進めてくださったことです。その様子を見に行った際、洲本先生が「よりしま魅力化推進協議会と、よりしま地域学校協働本部の2つの活動のおかげで、やっとここまで来たんじゃなあ」と、しみじみしながら私に話してくれました。子どもたちと地域の方が主体となってものごとを動かし、それが一つの形として実行できるようになっていることに感動しました。
3つ目は、防災についてのワークショップをきっかけに、地域の方々も子どもを守るための対策を積極的に考えてくださるようになったことです。ある地域の方から、「校長先生、もし通学路の途中で地震が来たら、津波に備えてうちに避難してもらおうと思っとるんじゃあ。その時は学校に電話するけえ」と言ってくださったこともあり、とても感激しました。
こんな風に、関わり合いを深めていく中で、地域の方々がサポーターにとどまらず、自ら考えて「自分たちの役割」としてパートナーとなっていってくださっています。地域全体で子どもたちを支え合える環境が築かれている様子に、大きな希望を感じています。
※よりしま!見つけ隊:小学生・中学生が主体となって自分たちの目で寄島を見て、自分たちで考えて地域活動を実施する取り組みの名称。
―学校と地域の方との関わりが深まったきっかけはありますか?
笠原:あげるとすれば、寄島小学校の30周年記念事業で「みんなのもやい(※)ひろば」を2021年につくったことかもしれません。児童や保護者、地域住民などが一丸となって、荒地だった体験農園に天然芝のシートを一枚ずつ並べて整備しました。
その後も、芝の管理を学校だけで担うのは難しいため、地域の方々にも協力をお願いしようと、学校と地域が話し合う機会が増えていきました。また、芝生ができたことを機に、テントを張ってキャンプが行われたり、日中はこども園の子どもたちが訪れたり、小学校の低学年の子どもたちも一緒に遊ぶ姿も見られます。さらに、芝生なので大人はグラウンドゴルフも楽しめるようになり、単なる遊び場にとどまらない、多世代が集まる貴重な交流スペースとして機能するようになりました。様々な方と関わり合うことで、自然に協力の輪が広がっていったように思えます。
参考:寄島小学校のブログしおかぜ(2021年11月25日「寄島小学校30周年事業」)
※もやい:船が波や潮で流されないようつなぎとめる綱の結び方のこと。
―活動を続けてきて、新たな展開はありますか?
笠原:2025年度(令和7年度)から、寄島小学校と寄島中学校が、浅口市立寄島学園として、9年生の義務教育学校になるのですが、その設立に向けた協議に加わるようになったことです。義務教育学校(※)をつくることが、よりしま魅力化推進協議会の目標ではありませんでしたが、私たちの活動の成果が出始めたタイミングと、よりしまでの義務教育学校化に向けた動きがたまたま重なりました。よりしま魅力化推進協議会の活動を通じて培ってきた、地域の方々と学校との信頼関係や協力体制が、義務教育学校の設立の協議に役立っていると感じています。
田中:協議の中で義務教育学校の特色を考える際に、一番に「地域と共にある学校」にしたいと小学校と中学校の両校長が合意しました。地域の方々からも意見をいただき、よりしま魅力化推進協議会の目標と、浅口市立寄島学園の学校教育目標が一致する流れとなりました。共通目標「育てよう! 生きる力と もやいの心をもつ子ども」に向かって、よりしま魅力化推進協議会と学校がより絆を強めています。そのため、義務教育学校の設立に向けた想いや熱意が他の学校とは違うのではないかと思っています。
※義務教育学校:一人の校長のもとで一つの教職員組織が置かれ、義務教育9年間の学校教育目標を設定し、9年間の系統性を確保した教育課程を編成・実施する学校のこと。
参考:義務教育学校に関する資料(岡山県教育庁義務教育課)
助成金を活用した広報ツールで、活動の周知に効果を感じた
―当財団の助成金を申請したきっかけを教えてください。
笠原:「よりしま学」の活動費用について、民間の助成団体からの協力を検討していたところ、知人を通じて福武教育文化振興財団さんの存在を知りました。2020年に初めて申請し、それから4年連続で助成していただきました。
―当財団からの助成金はどのようなことに活用されたのでしょうか。また助成を受けて、良かったことはありますか。
洲本:最初は、よりしま魅力化推進協議会の活動を周知するための広報ツールの作成に活用しました。色々なところに配置するのぼりやパネル、また、職員やスタッフが活動中につけるタスキ、活動記録をまとめたチラシなどです。地域の方々に活動を身近に感じてもらえるきっかけになり、効果があったと感じています。
また、「よりしま学」で子どもたちの活動に必要なシーカヤックを借りる料金や、テントの購入費、熟議での講師料など、運営するための様々な費用にも活用させていただきました。その時に購入したテントがあるおかげでいつでもキャンプができるようになり、子どもたちも喜んでいます。
笠原:学校が中心の活動なのでどうしてもビジネスになりにくく、原資の確保が難しい中、福武教育文化振興財団さんからの助成は本当に助かりました。
―活動する上で、今後の課題や目標はありますか。
笠原:自分もだんだん歳を取っていくので、継続的に活動していくためにも後継者へどう繋げていくかが一番の課題です。今、小学校に通っている子どもたちの保護者の方が、年代的には後継者の対象です。普段関わる中で、潜在的に適性のありそうな方を探したり、可能性を感じる方には「子どもたちのためのこういう活動があるんよ」と伝えたりするなど、意識的に接しています。また、日頃の活動へも無理のない範囲で、保護者の方に参加してもらえるように働きかけを行っています。
資金源の確保も、もう一つの課題です。学校や地域活動がビジネスとして利益を生みにくい面があると思っています。クラウドファンディングもありますが、個人的には学校にはふさわしくないのではと感じており、実施予定はありません。
以前、寄島中学校でロボットコンテストに参加し、東京に行くことになったのですが、その費用を工面するために、保護者の方々と相談して町内で寄付を募りました。ありがたいことに多くの方からのご支援をいただき、無事に東京へ行くことができました。そのような支援も収入源の一つとして考えられますが、安定的に得られるものではないと思っています。活動を維持していくために、無理なく地域全体で支え合える仕組みづくりを模索していきたいですね。
おわりに
「子どもが基本的に好きなんですよ。何でか分からないんですけど…」と話していた笠原さん。自身の子どもを通じたPTA活動がきっかけだったようですが、子どもたちと関わるうちに、自分の役割や使命を感じるようになったのでしょうか。“好き”は前提としても、“何でか分からない”けどやっていることは、実はその人にとっての使命や天職を見つける手がかりになるのかもしれないと感じました。そんな笠原さんだからこそ、学校と地域を繋ぐリーダーとして自然と周囲の信頼を集め、よりしま魅力化推進協議会の活動を進めてこられたのかもしれません。文部科学大臣表も受けた団体の取り組みは、令和7年度から始まる義務教育学校 浅口市立寄島学園のあり方と併せて、今後ますます他校にとっても大きな参考となりそうです。
成果報告書も合わせてお読みください。
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2023_092.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2022_124.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2021_079.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2020_095.html
よりしま魅力化推進協議会
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