助成先を訪ね歩く(取材日:2024年6月27日)

“ぬかびとさん”との毎日を、視点を変えて面白がる

ぬか つくるとこ

  • 知る
  • 2024.10.11

助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。ぬか つくるとこの中野厚志(なかの あつし)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/小溝朱里)

障がい福祉サービス

障がい福祉サービスとは、障がいがある人々の障がいの程度や勘案すべき事項(社会活動や介護者、居住などの状況)を踏まえて、個別に支給が決定されるサービスです。介護の支援を受ける場合の「介護給付」、訓練などの支援を受ける場合の「訓練等支給」と大きく二つに分けられます。

介護給付に分類されるのは、訪問系の「居宅介護」「重度訪問介護」など、日中活動系の「短期入所」「生活介護」など、施設系の「施設入所支援」です。訓練等給付には、居住支援系の「自立生活援助」「共同生活援助」、訓練系・就労系には「自立訓練(機能訓練、生活訓練)」「就労継続支援(A型、B型)」などがあり、それぞれ利用の際のプロセスが異なっています。

参考:障害福祉サービスについて

ぬか つくるとこ

画像提供:ぬか つくるとこ

ぬか つくるとこは、アートを活用した自分らしい生活を送ることができる福祉事業所として、2013年に設立されました。利用者には「ぬかびとさん」という愛称がついており、各々が好きなこと、やりたいことを自由にやりながら生活しています。

現在は、以下の4事業を展開中です。

①生活介護事業所ぬか
→生活介護サービス

②アトリエぬかごっこ
→放課後等デイサービス、一般のアトリエの利用が可能。6歳~18歳を対象としてマイペースにものづくりができるアトリエ。

③相談支援事業所ちぬ
→特定相談支援事業(成人期)と障害児相談支援事業(児童期)の計画相談が可能

④ひょん
→就労継続支援B型事業所。セレクトショップ・飲食・ものづくり・ゆくゆくはサウナやゲストハウスも手掛ける予定。

また、「生活介護事業所ぬか」正面にある「ぬかハナレ」は、ぬかびとさんの言動から生まれる大小様々な企画を実現する場です。ぬかハナレ内のギャラリー「イドノウエ」で、ぬかびとさんやスタッフの作品を展示したり、ぬかびとさんである戸田さんが選書した古本屋「戸田書院」を週に2日ほど開催したりしています。

2020年からは、日々出会う“よくわからないこと”に「なんでやねん」とツッコミを入れて面白く捉え直す、「なんでそんなんプロジェクト」を始動しています。人の営みをできるだけポジティブに捉え、楽しむ方法を日々模索している、ぬか つくるとこならではの企画です。こうした活動を通して、地域住民やアーティストなど様々な人との繋がりが増えると同時に、活動の幅も広がってきています。

障がいの有無の間にある、見えない境界線をぼかす

―「ぬか つくるとこ」を立ち上げたきっかけを教えてください。

中野(敬称略):倉敷にある社会福祉法人に14年半勤めたあと、独立して立ち上げたのが「ぬか つくるとこ」です。障がい福祉サービスの利用者さんが行うものづくりや表現に興味があったので、本格的にやってみたいと思い活動をスタートしました。

15年〜20年前、社会福祉法人に勤めていた頃は、障がい者の福祉展のようなものが流行っていました。ですが、美術館やギャラリーのような展示ではなく、簡易的にパーテーションを設置して、そこに作品を飾って……という方法が主流だったんです。

それを見るたびに「障がいのある・なし関係なく、良い作品は良い場所で展示していいんじゃないか」と思っていました。当時展示会を行うと、その思いに共感してくださる福祉関係者の方が多くて。縁があって、京都で展示会を行ったこともありました。そのときの思いや経験が、今の活動ベースになっています。

―展示会の企画や、展示方法はどのように学んだのですか?

中野:もともと作品を見るのが好きだったんです。父が美術の先生だったこともあり、子どもの頃からよく展示会に連れていってもらいました。父自身も作るのが好きだったので、表現活動は私にとって身近だったのかもしれません。

社会福祉法人を退職してからは、1年くらいかけて全国の施設を仲間と視察に行きました。障がい者の表現活動を中心に、興味深い取り組みをたくさん見させていただきましたね。今の活動の参考にさせてもらっています。

―現在は4つの事業がありますが、どのような経緯で活動の幅が広がったのでしょう。

中野:人や場所との出会い、タイミングなど……その時々の流れで決まっていくことが多いです。

「アトリエぬかごっこ」は、当時子ども対象の施設が早島町に少なかったからやろうと思いました。「相談支援事業所ちぬ」は育休明けのスタッフの働きやすさや能力を発揮する場としてつくった仕事ですし、「ひょん」は物件との出会いで決まりました。偶然が重なって、今の形があります。

ちなみに「ひょん」の物件は、名前の通りひょんな出会いだった場所でした。もともと予定していた建物が使えなくなり、探し直したときにたまたま見つけたんです。あとから分かったのですが、「ひょん」の建物の裏に母屋があって、第二次世界大戦後に学校や病院などを作っていた、岡山出身の社会活動家である永瀬隆さんの活動を知ってもらう展示会場にする予定だったそうです。なんだかご縁を感じています。

私は、ビジョンをあまり持っていないんです。ただ、ぬかびとさんが真ん中にいて、その人をどう盛り上げるか、どう紹介していくかをいつも考えています。その過程で面白いことが生まれている感覚。これをしよう!と決めていないからこそ、面白い方向に進んでいるように思います。

―ぬかびとさんを盛り上げるときに、意識していることはありますか?

中野:そもそも、ぬかびとさん面白いですよね!いい意味で、ユニークな人が多い(笑)。考えも行動も、自分が考えている範疇を大きく超えています。ぬかびとさん自身をピックアップした結果、面白いプロジェクトが生まれてきたなとは思います。

画像提供:ぬか つくるとこ

例えば、新聞をちぎるのが大好きな人をピックアップしたときには、新聞をちぎるワークショップをしましたし、ひたすら物を積むのが大好きな人の場合は、おもちゃの車や空き箱、レゴなど様々な物をひたすら積むワークショップをしました。作品というよりは、ぬかびとさん自身をフューチャーして面白がる。これが、うちの特徴かもしれません。

―今までの活動で、とくに印象に残っていることはありますか?

中野:何でしょう……日々数えきれないくらいの企画が生まれているのでわからないですね。最近でいうと、ぬかびとさんが先生になりきる「ぬか田大学」とか、社長になりきって中小企業説明会をやるとか、オリンピックにかけて「ヌカリンピック」が開催されるとか(笑)。何それ?と思うものが、たくさん生まれています。これらが現場から生まれているのが、いいですよね。

今日(取材当日)は、「ぬかびとさんと何かやりたい」と行ってくださったまぜびとさんが来て、セッションをしていました。活動を続けていると、こうして外部から様々な方が来てくださるのでありがたいです。

※まぜびとさん:ぬか つくるとこの施設に外部から訪れる人のこと

取材当日に行われていたセッションの様子

―ぬかびとさん、本当に楽しそうでした。

中野:ぬかびとさんは、外から来た人を受け入れてくれるんですよね。どんどん話しかけてくれて、遊ぼうよと誘ってくれる。ぐいぐい壁を壊していく姿を見ると、「障がいのあり・なしの境界線をつくっているのは私たちなんだな」と思います。

以前は、私たちが一般のマルシェに参加して、ぬかびとさんの好きなことを活かしたワークショップをやっていたんです。“福祉”という言葉をあえて使わずに、一般のマルシェに参加することで、私たちから障がいのあり・なしの境界線をぼかすようにしていました。

最近では「イドノウエ」での展示など、自分たちの施設でイベントを行い、地域の方が来てくださる機会が増えてきました。ぬかびとさん自身が訪れた人を受け入れて、いい意味でもみくちゃにしてくれるので(笑)、結果として境界線をぼかせているのではないかと思います。

あとは何より、自ら楽しめる・面白がれるスタッフが多いですよね、うちは。大変なことが多い業界ですが、視点を変えると楽しめることも多いのではないかと思うんです。ハプニングでさえも、「やられた!」と面白がる。この業界だけでなく、今の世の中ではそうやって視点を変えることが、必要なのではないかと思っています。

無駄や余白が「許す」「待つ」の視点を生む

画像提供:ぬか つくるとこ

―福武教育文化振興財団の助成を受けようと思ったきっかけを教えてください。

中野:2021年に初めて助成を受けたのですが、地域との繋がりをつくりたいと思って申請しました。周りで福武さんの助成を受けて活動している人が多かったので、私たちもやってみようと思ったんです。この年は「ぬかの井戸端」と題して、初めての企画を3つもできたので、ありがたかったなと思います。

翌年の2022年に、瀬戸内国際芸術祭の開催にかけて「そのうち国際芸術祭」をやったら面白いんじゃないかと思い、申請しました。福武さんが思いのほか面白がってくださって、3年継続して助成をしていただけることになったんです。なんて懐が深いんだろうと思いましたよ。

―当財団の助成を受けて、よかったことは何ですか。

中野:イベントの実施は運営費で賄っていますが、新たな企画を行うほどの資金は基本ないので、運営するうえでは本当に助かりました。それに、目的としていた通り地域のみなさんに知っていただく機会が増えて、繋がりをつくるきっかけにできたのはよかったです。地域の方が突発的に訪れて、ぬかびとさんと交流することも以前より増えてきました。

「ぬかの井戸端」で生まれた企画の一つ「戸田書院」の様子(画像提供:ぬか つくるとこ)

実は、福武さんの助成を受けるまでは助成金申請にあまり積極的ではなかったんです。活動に縛りが出るイメージがあったので、自由さを保てるようになんとか運営費から捻出していました。

ただ、福武さんは私たちがやりたいことを尊重してくださったので、縛られることなく活動できたと思います。申請書や報告書の作成もそこまでむずかしくなかったため、自分たちの活動に集中できました。

3年継続して助成をしていただいたことで、「そのうち国際芸術祭」内の企画として毎年違うイベントを行えました。福武さんの支援もあり、ここまで活動を広げられたと思っています。最終年の今年は盆踊りをつくったので、今後CDや配信サイトで販売するなど、自走に向けて進んでいきたいです。

―今後の目標を教えてください。

中野:ビジョン型ではないので(笑)、あまりないんですよね。ただ、大変なことが多い福祉業界から、「視点を変えて面白がる」ことの必要性を活動を通して伝えていきたいとは思っています。

とはいえ、うちの企画の数々は、ぬかびとさん一人ひとりが抱える問題をすぐに解決できるものではありません。それゆえ、無駄だと思う人もいるでしょう。でも「許す」「待つ」視点を持って、一見無駄だと思うことにも取り組んでいくと、解決はできなくても何かが変わっていく可能性は充分にあると思います。

私はよく、「許す」「待つ」を「発酵する」に例えるんです。ぬか漬けのように時間をかけてゆっくりと発酵し、その余白で面白がったり、楽しんだりする視点を持つと、業界で働く環境や社会全体の考え方が変わっていくのかなとも思っています。

なので、できる限り長く続けるためにはどうしたらいいかをいつも考えます。私の役割は、みんながやりたいことができる、楽しんだり面白がったりできる環境を整えること。それを特等席で見ることが、私にとってのご褒美なんです。みんなが楽しんでいる様子をずっと見ていられるように、続けることを考えていきたいと思います。

写真左:和田広子財団職員

おわりに

取材当日、生活介護事業所ぬかに一歩足を踏み入れると、ぬかびとさんたちが次々と、「こんにちは」「誰ですか?」と声をかけてくださいました。その後は作品を紹介してくれたり、遊びに誘ってくれたりする姿を見て、ぬか つくるとこを通して日々好きなことややりたいことに真っ直ぐ取り組んでいるのだろうなと感じます。

また、スタッフの方々がぬかびとさんに対し、家族や友達のように接しているのが印象的でした。当日行われていた音楽のセッションも、ぬかびとさん以上に楽しんで参加する。たとえハプニングがあっても、その状況を楽しんでいるスタッフの方々のポジティブな空気が、ぬかびとさんたちの心を開放し、素直に楽しむ環境を築いているのだと思いました。

成果報告書も併せてお読みください。
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2021_016.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2022_027.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2022_131.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2023_011.html

ぬか つくるとこ
岡山県都窪郡早島町早島1465-1

問い合わせ先
TEL:086-482-0002
メールアドレス:info@nuca.jp
HP:https://nuca.jp/