技術を磨き、出会いで活動を広げた27年をこの先も
糸あやつり人形劇団「つきみ草」
助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。糸あやつり人形劇団「つきみ草」の妹尾薫(せのお かおる)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/小溝朱里)
瀬戸内市邑久地域
瀬戸内市は岡山県の南東部に位置し、山、海、河川がある自然豊かな地域です。海岸線は東西に長く、瀬戸内海国立公園に指定されています。2002年には、「邑久郡3町」といわれた牛窓町、邑久町、長船町が合併して現在の瀬戸内市になりました。
邑久町のエリアである現在の邑久地域は、豊かな自然を生かした産業が多くあります。千町平野の水田地帯では米やビール麦、瀬戸内海に面した丘陵畑作地帯では野菜をはじめ、ピオーネやレモンなどがその一例です。
また画家・詩人である竹久夢二(たけひさ ゆめじ)や、糸あやつり人形師である竹田喜之助(たけだ きのすけ)の出身地でもあります。現在は夢二の生家や喜之助人形劇フェスタなどがあり、文化的資源も大切にしている地域です。
参考:
瀬戸内市の紹介
瀬戸内市統合報告書2022
邑久地域の紹介
糸あやつり人形劇団「つきみ草」
糸あやつり人形劇団「つきみ草」(以下、つきみ草)は、瀬戸内市邑久町出身の糸あやつり人形師・竹田喜之助氏の情熱と技術の継承を目的に、1997年に結成されました。毎年瀬戸内市で開催される「喜之助人形劇フェスタ」への出演を中心に、糸あやつり人形を使った公演を行っています。
瀬戸内市民図書館には「喜之助シアター」という人形劇専用の舞台があり、1ヶ月に1度定期公演を実施。そのほか、瀬戸内市内外問わず学校や公民館等で出張公演を行っています。
人材育成にも力を入れていて、人形劇養成講座では参加者の中からつきみ草への入団者が3名いました。また邑久小学校、今城小学校、牛窓東小学校、行幸小学校では人形劇クラブ活動や授業として糸あやつり人形に触れる機会を作っています。
公演を続け、出会いに感謝し、次の活動へ
―つきみ草を立ち上げた経緯を教えてください。
妹尾(敬称略):立ち上げ当初、私は団員ではありませんでしたが、前代表から「竹田喜之助さんを顕彰するために、邑久町でも人形劇をやろうと立ち上げた」と聞いています。
喜之助さんは人形作りの技術に長けていましたが、とくに顔を作るのが上手なんです。人形を作る前に書いていたスケッチも、本当に上手で。絵を描く才能が、人形作りの技術にも生きているのだろうなと思います。
その技術を、人形作りにかける真っ直ぐな情熱とともに後世に残しつつ、瀬戸内市の活性化にも繋がったらという思いで活動が始まりました。
―今までの活動で印象的だった出来事はありますか?
妹尾:2002年にチェコ・プラハで開催した「かぐや姫」の公演は、忘れられないですね。現地のジャパンウィークの一環だったのですが、海外公演の話が挙がったときはびっくりしました。
というのも、私が入団して間もない頃から「海外公演をやりたい」と話していまして、口に出したらいつか叶うんじゃないかと思っていたら、本当に叶ったんです。公演当日はお客様の反応がよくて、すごく盛り上がったことを覚えています。日本の糸あやつり人形の技術や楽しさが、現地の方にも伝わったように感じました。
またチェコの人形を日本に持って帰って、それを使ったオリジナル公演も行いました。日本とチェコの文化を繋げたことが感慨深かったです。
―糸あやつり人形の技術はどのように磨いているのでしょう。
妹尾:結成から27年経ちますが、プロの人形師として東京で活躍されている鈴木友子先生にずっと教えていただいています。鈴木先生は喜之助さんの弟子で、喜之助さんから受け継いだ技術を私たちに授けてくださっています。
また私たちは出演するだけでなく人形も作っているので、その技術も鈴木先生から教わっているんです。東京から邑久町へ来て、毎回熱心に教えてくださることに感謝しています。
先生からご指導を受けるときは、見よう見まねでもとにかく技術を習得しようと集中。私たちだけで練習するときは、それを思い返しながらがんばっています。メンバーはそれぞれの仕事や生活が忙しいので、なかなか全員揃わないのですが、各々ができることをやって毎回の本番に臨んでいます。
―27年という長い期間、活動を続けられた理由は何でしょうか。
妹尾:それはメンバーがよかったからだと思います。調子がいいときもそうでないときも、話をすれば意見がまとまるし、何より落ち着くんです。公演に向けての団結力も、本当に素晴らしいと思います。
初期メンバーは数人入れ替わっていますが、ほとんど変わっていません。27年も続けている分、みんな年を重ねましたが、ここ数年で若いメンバーが入団してくれました。糸あやつり人形劇の養成講座に参加された方が入団したので、それもよかったなと思っています。
入団してくれた3人の才能がすごいんですよ。企画力があったり、シナリオを作れたり。映像の編集ができる方や、絵が上手な方もいる。既存のメンバーだけではできなかったことが、どんどん実現できています。
―新メンバーが加わって、今後の活動も広がりそうですね。
妹尾:メンバーもそうですが、続けていると多くの出会いがあります。人との繋がりが広がったことが、活動を続けてきた一番の喜びなんです。
とくに25周年記念公演で「人形劇備中神楽」を糸あやつり人形で演じたときは、備中神楽に長年携わっている方をはじめ、子ども神楽のみなさん、神代和紙の職人さん、高梁市のボランティアガイドさん、そしてお客様など、本当に多くの出会いがありました。
「いつかここで公演やってよ」といってくださったり、協力し合えそうな未来が見えたりと、ありがたい話ばかりが出ましたね。人の世話にならないと生きていけない。それが分かった27年でもありました。だからこそ、一つひとつの出会いを次の活動に繋げていけたらと思います。
活動の節目・ステップアップに助成を
―福武教育文化振興財団の助成を受けようと思ったきっかけを教えてください。
最初は2002年にチェコ・プラハで公演した時に助成を受けました。つきみ草として転換期になるくらい大きな出来事だったので、助成というかたちで支えていただいたのが心強かったです。
その後は2007年の10周年記念公演の際、2022年の25周年記念公演から3年継続して助成を受けています。私たちの節目でお世話になってきました。
―当財団の助成を受けて、よかったことは何ですか。
妹尾:遠方に公演に行けたことや、人形作りのレベルを上げられたことです。
劇団員は年を重ねてきて、車の運転が大変なので、バスをチャーターして行っています。瀬戸内市内だけでなく、遠方でも公演したいという願望が叶えられたのはありがたかったです。より多くの方に、糸あやつり人形の魅力を伝えられたと思います。
そして人形作りについては、材料費に充てさせていただきました。人形制作に使う「張子紙」を作っているところがだんだんなくなり、桐材も高価なものになってきています。価格が低いものもあるのですが、なんだか味が出なくて……。「衣装にはこだわりたい」という劇団員の思いもあり、助成金のおかげで質が高い衣装を作れました。
活動を続けていくうえでは、できる限りレベルアップしたいと思っているので、節目節目で福武さんには支えていただいたなと思っています。
―今後の目標を教えてください。
妹尾:瀬戸内市に住む子どもたちにとって、ふるさとの文化として誇りとなるような人形劇団を目指していきたいです。
例えば、私の出身地である新見市であれば、神楽の音が鳴ったら踊れる人が多いんです。振付が体に染み付いているのでしょう。子どもの頃から神楽に触れる機会があって、市民のみなさんが地域の文化として誇りに思っている証だと思うんです。
現在私たちは、小学校の授業で糸あやつり人形に触れてもらう活動などもしており、子どもが人形劇を見たり、体験したりする場を広げつつあります。今の子どもたちが大人になったときに、たとえ瀬戸内市を離れても、心のどこかに糸あやつり人形が残っていてくれたら……。そんな活動ができたらいいなと思っています。
おわりに
「この人形を作るのは大変だけど、作り終わったら感動する。そして舞台に出ることにも感動して、終演後のお客様の反応にも感動する。それが病みつきになるんです」。取材終わりに妹尾さんが糸あやつり人形のそばで、こんな話をしてくださいました。
まずは自分が、糸あやつり人形を好きになること。楽しく活動すること。仲間がいること。出会いがあること。自らが興味を持ったその先で生まれるこの循環が、活動が続いてきた理由なんだと感じました。その思いが瀬戸内市民や子どもたちを中心に、伝わり続けることを願ってやみません。
成果報告書も併せてお読みください。
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2007_003.html
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2022_095.html
糸あやつり人形劇団「つきみ草」
瀬戸内市邑久町豊原1552-1
問い合わせ先
TEL:090-3178-9142
メールアドレス:tsukimiso1997@gmail.com