思いのすれ違いを翻訳し、繋いでいく
NPO法人あかね 代表理事 中山遼
助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。今回は、岡山市で不登校やひきこもりの子ども・若者、その親のための居場所づくりを行う「NPO法人あかね」代表理事の中山遼(なかやま りょう)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/小溝朱里)
岡山市内の小中学生の不登校者数・支援制度
「令和3年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に対する調査」(岡山県教育庁人権教育・生徒指導課)によると、岡山市の小学校では、様々な理由で90日以上欠席している不登校児童数は1,146人いることが明らかになりました。児童1,000人当たりの不登校児童数は11.7人で、前年度の9.4人と比較すると増加しています。
岡山市の中学校での様々な理由で90日以上欠席している不登校生徒数は4,015人。生徒1,000人当たりの不登校生徒数は38.8人で、前年度の32.5人と比較すると増えていました。
岡山市教育委員会は教育支援課にて、不登校の児童・生徒やその保護者、教職員に対する岡山市教育相談室と岡山市児童生徒支援教室を設け、専門家などが電話や面接などで支援する体制をつくっています。
そのほか岡山市教育委員会が指定した連携民間施設に通所すると、小学生・中学生は在籍校において出席扱いにできます(校長の判断)。NPO法人あかねの居場所は、連携民間施設に指定されています。
NPO法人あかね
NPO法人あかね(以下、あかね)は、不登校・ひきこもりがちな子どもや若者たちが、誰かに言われるからではなく自らの意思で自立・自律に向けて一歩を歩み始められることを目的に、2001年に設立されました。2016年に法人化され、現在は120人ほどが利用しています(2023年7月時点)。
あかねでは、不登校やひきこもりの子ども・若者、その親のための居場所づくりを行っています。居場所への来所が困難な方には、訪問での支援やリモートでの支援を行っています。利用者の6〜7割を訪問やリモートで支援しています。
また岡山市の委託事業として、生活が苦しい世帯のお子さんに無料で学習支援と生活支援を行う「岡山市子どもの学習サポート事業(まなさぽ)」を実施しています。支援の幅を広げてきた代表理事の中山遼さんに、これまでの歩みを伺いました。
「通訳者」として思いを繋ぐ
―あかねとの出会いを教えてください。
中山(敬称略):高校卒業後にあかねの居場所に通い始めたのが最初の出会いでした。
僕はもともと不登校の当事者で、小学校で5年間、高校で半年間学校へ行けなかったんです。高校卒業後の約1年間も家に引きこもっていて、家族以外とはほとんど会話を交わしていませんでした。
ただあえて言葉にするなら、無理に外に出たり人と会ったりせず「ちゃんと引きこもることができた」状態でした。ちゃんと引きこもると、自然と誰かと話したくなるんですよ。親から「あかね」という場所があると聞いて、誰か話せる人がいるかもしれないと思い、通い始めました。
約1年通っていたのですが、「僕も不登校や引きこもりの子どもたちの力になりたい」と思うようになりまして。ボランティアであかねの運営に関わるようになりました。
―その後、どのような経緯で代表理事になったのですか?
中山:ボランティアを始めてからさらに約1年経った頃、運営資金が尽きそうになり、あかねの活動は終了しそうでした。
というのも、あかねは映画「あかね色の空を見たよ」の上映金で立ち上げており、上映金や寄付金がなくなったら活動を終えるつもりで運営していたそうです。
ただ、通っている子どもたちがいる状態で「あかねをなくしてはだめだろう」と思いまして。徐々に運営の方に携わっていきました。
運営上、助成金周りに携わっていると、助成団体や教育委員会など外部とのやりとりが発生します。その様子を見た当時の代表から「代表にならないか?」と言っていただき、2014年に代表理事になりました。
―活動を続けるために、運営体制をどのように変化させたのか具体的に伺えますか?
中山:寄付やボランティアで成り立っていたところから、徐々に助成金などを申請するようになります。2016年の法人化後は助成金に加えて、岡山市からの委託事業を行うようになりました。
法人化前は、映画の上映金をはじめ、寄付を募ったり、スタッフはボランティアで活動したりしながら何とか活動を続けていました。助成金を申請し始めても、運営体制が苦しい状態は続いていて……。色々な方に助言をいただき、活動存続のために選んだのがNPO法人化でした。
ボランティア団体からNPO法人になったのは、大きな変化だったと思います。これまでの実績が信頼いただけたようで、現在は岡山市からの委託事業を行うようになりました。
―あかねの活動を続けるうえで、大切にしていることはありますか?
中山:僕の個人的な解釈にはなりますが、僕たちの仕事は「通訳者」だと思っています。通訳者として、それぞれの立場の方の思いを翻訳して繋いでいくことを大切にしていますね。
例えば、子どもたちと会話する時。子どもたちからのSOSは言葉で出てくることが少ないんです。だから一緒にゲームをしたり、漫画を読んだりするなかで、子どもたちの今の気持ちを感じるようにしています。それを言葉にして、周りの大人たちに伝えるのが僕たちの役割です。
また我が子を心配する親御さんの思い、学校の先生の思い、行政の思い。子どもたちを思う気持ちはみんな同じなのに、立場が違うと思いがすれ違ってしまう場合があります。
この思いのすれ違いは、言語の違いに似ていると思うんです。例えば、日本語とイタリア語を話す人がいて、同じ意味の言葉をお互いに話しているとします。相手の言語を知っていれば意気投合しそうですが、知らなければ理解し合うのは難しいですよね。似たような現象が、不登校や引きこもりの子どもと接する方々の間で起きているように思います。
だから僕は、それぞれの言語をどう翻訳して、思いを繋ぐか。それを常に考えています。
成果発表会で、今後に繋がる出会いが
―福武教育文化振興財団の助成金を申請した理由を教えてください。
中山:あかねに通っている児童・生徒に向けたイベントをしたくて、申請させていただきました。2017年度・2018年度に助成を受けています。
助成金で実施させていただいたのは、野外活動でした。みんなでバスに乗ってあかねの居場所を飛び出し、バーベキューしたりレクリエーションをしたりしました。
2年目の2018年度は「今年は自分たちで企画してみよう」と、子どもたち中心で当日の計画を立ててもらったんです。とても楽しそうでしたし、子ども同士の団結力が強まるきっかけにもなりました。
助成金をいただかないと開催できなかったと思うので、本当に感謝しています。開催できてよかったです。
―当財団の助成を受けてよかったことは何ですか?
中山:成果報告会で発表の場をいただけたことです。発表後は多くの方に声をかけていただき、さらに助成を受けてよかったなと思いました。
他の助成団体さんは、報告書を書いて助成期間を終えるところが少なくないのではないでしょうか。福武教育文化振興財団さんから助成をいただくと、活動を後押ししてくださるだけでなく、地域で活動する方々と繋がるきっかけもいただけます。実際に、成果報告会から現在までお世話になっている方もいますよ。
―今後の目標を教えてください。
中山:まもなく、新たな場所に移転してあかねを運営していく予定です。通う子どもたちの人数が増えて、手狭になってきたので移転することにしました。家具を揃えるなど細かい調整はこれからですが、新たな場所でも居場所づくりを引き続き試みていきたいです。
おわりに
取材中の「思いのすれ違いは、言語の違いに似ている」という言葉が印象的でした。これらの言語を「翻訳している」と表現していた中山さんのお話から、あかねは子どもたちの居場所になっているだけでなく、人と思いを繋ぐ場所にもなっているのだなと感じました。
そしてあかねでの活動を存続させるために、助成金や法人化、委託事業の実施など様々な方法での資金調達に挑戦してきた中山さん。不登校や引きこもりの当事者だったからこその、存続への強い意志が、きっと周りのスタッフや支援に関わる人々の思いも突き動かしているのだろうと思いました。
NPO法人あかね
岡山市北区岡町16-9
問合せ先:
086-280-2167
info@npoakane.or.jp
Webサイト:
https://npoakane.or.jp/