助成先を訪ね歩く(取材日:2023年7月4日)

仕組化と組織化で「もう絶やさない」

作州絣保存会 会長 日名川茂美

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  • 2023.08.10

助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。今回は、津山市で活動する「作州絣保存会」(さくしゅうかすりほぞんかい)会長の日名川茂美(ひなかわ しげみ)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/小溝朱里)

津山城址と城下町

岡山県の北部に位置する津山市。かつての行政区分では「美作国」(みまさかのくに)の一部であり、別名として「作州」とも呼ばれていた地域でした。

津山市の象徴といえば津山城。江戸時代の戦国武将である、森蘭丸の弟・森忠政によって築かれたとされています。現在に至るまで、城址だけでなく城下町も残る背景には、まちづくり協議会を主体とした地域をあげての保存活動がありました。

その活動が評価され、2013年には津山城東側の「城東地区」、2020年には西側の「城西地区」が重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。出雲往来(いわゆる出雲街道)を軸とした江戸時代以降の地割りや、軒先が揃った町並みなどを見ることができます。

作州絣保存会

2012年に立ち上げた作州絣保存会は、作州絣の後継者を育成する「作州絣織り人養成講座」(以下、織り人講座)をはじめ、手織り絣の継承・伝達・普及活動を行っています。

例えば、観光客や学生向けの機織り実演・体験、出前授業を通して、絣の魅力を知っていただくこと。また作州絣の販売を通して、生活の中で使っていただくことで、地域の工芸品である作州絣を後世に残していけるものと思っています。

作州絣とは、古くから作州で伝承されてきた、綿で作られた絣のことです。「絣」とは、糸を染めて経糸と緯糸を織りなしてできた布で、模様がかすれて見えるから「絣」という名が付いたといわれています。普段着をはじめコースターやバッグ・ポーチなど、暮らしの中に根付いた工芸品です。

作州絣保存会会長の日名川茂美さんは、2012年に岡山県郷土伝統的工芸品 手織作州絣継続製造者として岡山県から認定されています。作州絣との出会いやこれまでの歩みについて取材しました。

後継者である「製造認定者」と保存会を運営

日名川茂美さん

―作州絣保存会を立ち上げた経緯を教えてください。

日名川(敬称略):先代の杉原博(すぎはら ひろし)さん・茂子(しげこ)さん夫婦が亡くなり、作州絣は一度歴史が途絶えています。その後娘さんから「残っている反物を販売してもらえないか」と私に声がかかったのが始まりでした。

私の実家は鳥取県です。生まれ育ったのは京都府綾部市。そして、嫁いだのは津山です。夫は友禅(ゆうぜん)を修正する職人で、反物の色ヤケ、染めの不備の修正、取れない着物の染抜を専門にしていて、その手伝いをしていました。 

夫の父が、先代の杉原さんから作州絣の色止めを引き受けていたことや、色の堅牢度(けんろうど)試験の協力をしていたこと、また私が作州絣の着物が好きで、時々反物を買い求めていたことなどから、残った作州絣の反物の販売について、声をかけていただいたのだと思います。

しかし私は、販売の経験がありませんでした。そこで販売するためのホームページを開設したり、一般社団法人岡山県産業貿易振興協会の「晴れの国おかやま館」さんから百貨店販売の紹介をいただき、積極的に出店したりと、工芸品販売の色々な勉強をさせていただきました。

百貨店での実演・体験・販売(写真提供:作州絣保存会)

販売の経験を積み始めた一方、私は歯がゆさを感じるようになりました。当時の私は織ることができず、本から得たことや、久留米絣、伊予絣・備後絣・弓浜絣・広瀬絣などの産地を巡って得た知識の説明をするしかできなかったからです。

絣織の工程の大変さ、技術のすばらしさを伝えるには、実際に織り人になって初めて伝えられるものだと思い立ちました。鳥取県倉吉市にある鳥取短期大学に、週3回・4年間通いながら、染色と織技術を修得させていただいたのです。

学んでいる期間中の2007年に、知り合いの紹介で津山市出身の学芸員さんと出会いました。意気投合して、作州絣保存会の前身である「作州絣研究会」を立ち上げます。作州絣の存在を知っていただこうと、2011年には先代の杉原博さんの作品・道具・デザイン資料などの展示をする企画展「作州かすり物語」を津山市郷土博物館で行いました。

また岡山県工業技術センターに出向いて、作州絣の糸の番手や、染料は何を使っているかなどを調査。その後「作州絣研究会」は「作州絣を育てる会」になり、私が岡山県より手織作州絣製造者と認めていただいたのを機に、私の後継者を育てなくてはいけないと思いました。2012年、「作州絣保存会」の立ち上げに至っています。

―作州絣を後世に残していくために、どのような活動をしていますか?

日名川:織り人養成講座で後継者を育成し、さらなる技術の習得のできる場所作りを目指しています。作州絣工芸館においては、綿繰り・綿打ち・糸紡ぎ・はた織りなどで体験料をいただきながら収益を得て、経費を賄って運営しています。

織り人養成講座(写真提供:作州絣保存会)

2023年7月現在、織り人養成講座は作州絣工芸館前の作州民芸館2階で毎週土曜日行っています。ですが、作州絣工芸館は2024年末まで改修工事のため、実演・体験・販売は休止中です。外での活動の依頼があれば、積極的に参加することにしています。

例えば2023年は、コンベックス岡山で開催される「KOUGEI EXPO in OKAYAMA」(第40回伝統的工芸品月間国民会議全国大会)に参加します。また、作州絣工芸館がある津山城西地区で開催される「城西まるごと博物館フェア」では、作州絣の着物を貸し出して町歩きをしていただけるよう準備中です。

―作州絣を継承していくうえで、心がけていることはありますか?

日名川:作州絣保存会の規約には、「作州絣の保存と伝統的技術を継承するため、後継者の育成及び郷土の伝統工芸品としての振興を図るとともに、地域活性化に貢献することを目的とする。」と明記しています。

そのことを踏まえ、織り人講座はいわゆるカルチャースクールではなく、後継者育成を目的としているのです。ただ単に織り人になるだけではなく、人として作州絣を理解し、技術を継承し、魅力を発信しようと思っている方に参加していただいています。

2021年には作州絣保存会独自の製造認定者を決める制度を作りました。認定チェック項目を作って、「90点以上で認定する」というものです。糸紬ぎなどの技術のチェックはもちろん、作州絣継承への思いなどを文章で書いて、提出していただいています。

現在の作州絣保存会は、製造認定者の7名を中心に運営中です。作州絣保存会の組織内を4つの事業部に分け、体験事業部・商品開発部・工芸館運営部・生産部としました。それぞれ得意な分野に入っていただき、力を発揮してもらっています。

組織体制が整い、作州絣継承のための土台もようやく整ってきたように思います。地域の方々からも「作州絣で地域を盛り上げてよ」と多くの方々の応援をいただくようになりました。

成果報告会の場や福武文化奨励賞受賞が自信に

―なぜ福武教育文化振興財団の助成を受けようと思ったのですか?

日名川:作州絣研究会のとき、お世話になった学芸員さんに福武教育文化振興財団の公募助成があることを教えていただきました。はじめは「まだ助成をいただけるような団体ではない」と思って応募はしていなかったのです。

2012年に「作州絣保存会」になってから、福武教育文化振興財団さんの助成対象コンセプトを拝見した時「まさに作州絣保存会の目的や、今実践していることそのものだ」と確信。自信をもって応募させていただきました。そのコンセプトとは、「伝統文化の伝承や後継者の育成、文化芸術の質の向上、新たな地域文化の創造などに取り組む皆さまの文化芸術による人づくり・地域づくりを応援し、地域が活性化することを期待しています。」という一文でした。

私たちは、2013年度〜2015年度、2019年度〜2021年度に助成をいただいています。作州絣保存会活動、手織り作州絣の継承を目的に、助成金を有効に使わせていただきました。

―当財団の助成を受けてよかったことは何ですか?

日名川:福武教育文化振興財団さんは助成するだけではなくて、成果報告会で私たちの活動を伝える機会を作っていただけたのが嬉しかったです。

成果報告会に行くと、財団の方に「日名川さん、がんばっているね!」と声をかけていただけるのが嬉しくて。悩み相談などもしつつ、毎回背中を押していただいています。

一番心に残っているのは、2015年度に岡山大学鹿田キャンパスJホールにて福武文化奨励賞をいただいたことです。ステージにて、綿繰り・綿打ち・糸紡ぎ・はた織りの実演をさせていただきました。第3代理事長の福武純子さんから「作州絣保存会、がんばっているね!」と、あの優しいまなざしで声をかけていただいたことは、その後のがんばる励みになりました。

―今後の目標を教えてください。

日名川:夢はたくさんあります。日本を出て世界で作州絣の手作りの良さの実演と作品展をすること、瀬戸内国際芸術祭に参加すること、7名の認定者の作品を展示できる場をもっと作ること……。

認定者のみなさんは日々、スキルアップに精進し技術力が高くなっているのです。もっと認めていただけるような場に作品を出してあげたいなと思っています。

現在使用している作州絣のはた織り機

あとは作州絣用のはた織り機を作りたいと思っています。簡単に持ち運びができるようなはた織り機で、かつ機能性がいいものを作りたくて……。今はどうしたら理想のはた織り機が作れるか、試行錯誤中です。体験したいと思う方が来られた時に困らないよう、はた織り機の数を増やして体制を整えていきたいと思っています。

おわりに

右:和田広子財団職員

一度は途絶えた作州絣の復活は、日名川さんが販売者から製造者へ移行したのがきっかけでした。「後継者を育てることで、作州絣の歴史を絶やさないようにしたい」という一人の思いから文化が復活したと思うと、その思いの強さやひたむきさに圧倒されます。

また取材では、製造認定者の7名が後継者を育てる当事者になり、「育て“続ける”」仕組みができていることを知りました。加えて作州絣保存会の組織の一員を担っているなど、もう二度と歴史を絶やさないように仕組化や組織化にこだわってきたのだなと感じます。日名川さんの思いが、今後も仲間や地域の方々を通して広がっていくことを心から楽しみにしています。

作州絣保存会
津山市西今町77(作州絣工芸館)
問合せ先:
0868‐23‐0811
Webサイト:
https://sakusyukasuri.e-tsuyama.com/
http://plus.harenet.ne.jp/~kasuri/index.html